東京地方裁判所 平成元年(ワ)12086号 判決 1990年7月10日
主文
一 被告と原告星野忠義との間で、別紙物件目録一記載の不動産について設定された別紙登記目録一記載の登記に係る根抵当権の被担保債権には、原告星野忠義と被告との間の昭和五九年八月三〇日付け連帯保証契約に基づく連帯保証債権が含まれないことを確認する。
二 被告と原告星野忠義との間で、別紙物件目録二記載の不動産について設定された別紙登記目録二記載の登記に係る根抵当権の被担保債権には、原告星野忠義と被告との間の昭和五九年八月三〇日付け連帯保証契約に基づく連帯保証債権が含まれないことを確認する。
三 被告と原告星野忠義及び原告星野清子との間で、別紙物件目録三記載の不動産について設定された別紙登記目録三記載の登記に係る根抵当権の被担保債権には、原告星野忠義と被告との間の昭和五九年八月三〇日付け連帯保証契約に基づく連帯保証債権が含まれないことを確認する。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
一 原告の請求
主文一ないし三項と同じ請求のほか、別紙の選択的請求がある。
二 事案の概要
1 争いのない事実
(一) 原告星野忠義は、もと千葉県市川市真間一丁目に土地建物(旧所有物件という。)を所有していたが、昭和五八年一〇月頃旧所有物件を売却し、その売却代金で新たに土地を取得しその土地上に建物を新築することを計画し、この買い替えについて、その頃被告銀行小岩支店担当者に計画内容を説明して、必要な融資を受けるについての基本的な承諾を得た。
(二) 原告星野忠義は、被告銀行から、昭和五九年五月三一日別紙物件目録一記載の買い替え土地(本件買い替え土地という。)の購入資金及び登記費用等として、外貨建で二七万五〇〇〇ドル(日本円で六五七二万五〇〇〇円)を借り受け、同日本件買い替え土地及び旧所有物件に、極度額六六〇〇万円、債権の範囲銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約をし、翌六月一日別紙物件目録一記載の買い替え土地に別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記手続きがなされた。なお、右融資をうけるに当たり、原告星野忠義は、被告銀行に対し、本件買い替え土地上に将来建築する買い替え建物にも右と同じ内容の根抵当権を設定する旨を約束していた。
(三) そして、原告星野忠義が本件買い替え土地に別紙物件目録二及び三記載の買い替え建物を建築したのち、原告星野忠義は、被告銀行との当初の約束に従い、これらの買い替え建物にも、昭和六〇年三月一八日、極度額六六〇〇万円、債権の範囲銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約をし、同日別紙登記目録二及び三記載の根抵当権設定登記手続きがなされた。
(四) 原告星野忠義は、別紙物件目録三記載の買い替え建物について、昭和六二年五月五日その持分三分の一を妻である原告星野清子に贈与し、同月一六日その登記を経由した。
(五) 原告星野忠義は、毎日商事株式会社の営業マンであったが、同商事のオーナー社長の指示で、同商事の一〇〇%子会社として設立された株式会社ラビーコーポレーションの代表取締役となり、昭和五九年八月三〇日右株式会社ラビーコーポレーションが被告銀行に対して銀行取引約定書を差し入れるに当たり、代表取締役の立場上、同会社の連帯保証人となった。
2 争点
本件根抵当権の被担保債権の範囲には、原告星野忠義が株式会社ラビーコーポレーションの債務の連帯保証人となったことによる連帯保証債権が含まれるか。
三 争点についての判断
1 原告星野忠義が被告銀行に差し入れた根抵当権設定契約証書(乙三)には、被担保債権の範囲として、銀行取引による一切の債権と記載されている。他方、右の契約証書には、根抵当権設定契約者は、別に差し入れた銀行取引約定書の各条項を承認した上で根抵当権を設定したと記載されている。そうすると、被担保債権の範囲を画する基準とされた銀行取引とは、銀行取引一般ではなく、この根抵当権設定契約に当たって、原告星野忠義から差し入れられた銀行取引約定書の適用を受ける銀行取引を意味すると解するのが相当である。
原告星野忠義は、右の銀行取引約定書として、昭和五九年五月三一日被告銀行に対して乙二の約定書を差し入れており、その条項として、「(適用範囲) <1>手形貸付・手形割引・証書貸付・当座貸越・支払承諾・外国為替その他のいっさいの取引に関して生じた債権の履行については、この約定にしたがいます。
<2> 私が振出・裏書・引受・参加引受または保証した手形を、貴行が第三者との取引によって取得したときも、その債務についてこの約定にしたがいます。」という記載がある。
右の<1>にある「いっさいの取引に関して生じた債権」に、原告星野忠義が第三者の被告銀行に対する債務を保証した場合の保証債権が含まれるかどうかが本件の問題であるが、次の理由で含まれないと解するのが相当である。
(一) 右の<1>の「いっさいの取引」について、銀行取引約定書には、その当事者についての明示がないが、銀行取引約定書の趣旨からすると、当該約定書で本人とされた者(本件では原告星野忠義)と銀行との間の取引のみを指し、他の者と銀行との取引は右の「いっさいの取引」には含まれないものと解される。
そうすると、本件の問題は、原告星野忠義が第三者の銀行に対する債務を保証した場合の保証債権が、銀行取引約定書の解釈上、第三者と銀行との間の銀行取引に関して生じた債権であるか、あるいは原告星野忠義本人の銀行との間の銀行取引に関して生じた債権であるかにより決すべきことになる。
民法四四八条により、保証債務は、主債務に付従する性質を有し、保証債権の内容は、主債務の内容により定められる。したがって、法律上、保証債権は、主債務について取り交わされる銀行取引約定書の内容に拘束されることとなる。この保証債権の内容について拘束力を有する銀行取引約定書は、当然のことながら主債務者である当該第三者を本人として作成された銀行取引約定書を指すのであり、保証人にすぎない原告星野忠義を本人とする約定書ではない。したがって、原告星野忠義自身が銀行に対して自己を本人とする銀行取引約定書を差し入れていても、その銀行取引約定書は、右の保証債権とはなんのかかわりもないものである。
そうであるなら、原告星野忠義が銀行に差し入れた銀行取引約定書の適用範囲として原告星野忠義が銀行との間の「いっさいの取引」と書かれていても、それは原告星野忠義が第三者の債務について銀行と保証契約を結ぶ行為を含まないものと解釈せざるを得ない。そしてまた、右の保証契約の締結行為は、原告星野忠義と銀行との間で直接行われる法律行為ではあるが、その間の銀行取引ではないといわねばならない。
(二) 銀行が第三者に対して金銭を貸し付ける行為は、与信行為であるが、銀行とその第三者の保証人との間の保証契約締結行為は、銀行の保証人に対する与信には当たらないし、また、銀行の保証人に対する与信に準ずる行為でもない。保証契約の締結行為によって信用を供与されるのは、主債務者である当該第三者及び銀行の側であり、信用を供与する側の保証人ではないからである。
ただ、特殊な場合には、信用を供与する側の保証人にも銀行から信用が供与されたと見ることができる。それは、たとえば、子会社に対する貸付によって、経済的に密接な関係のある親会社が間接的に利益を得るため、保証人となった親会社も、間接的に銀行から信用の供与を受けたとみられる場合である。このような場合は、親会社と銀行との間の保証契約の締結行為が、銀行に対する信用供与でありながら、他の面で銀行から間接的な信用の供与を受けることとの間に対価的な関係を生じ、まさに財貨の交換としての取引としての性格を帯びる。
しかし、このようなことがすべての保証契約の場合に当てはまるものでないことは、個人的な関係から保証人になる場合などを想定すれば明らかであって、銀行と保証人との間の取引と見ることのできる場合は、特殊の場合に限られるのである。このように、第三者の銀行に対する債務の保証人になる行為が、一般的に銀行との間の財貨の交換としての要素を有しているのなら格別、そうでない以上、単に保証契約が銀行の貸付に付随して銀行の業務で普通に見られる契約であるというだけでは、一般に財貨の交換としての意義で用いられる「取引」という用語の範疇には入らないと見るのが相当である。
被告銀行は、第三者のために保証人になる行為も、「銀行取引」という用語に含まれるという。しかし、今日、銀行が個人的な資金の需要に応じるのが通常となっている現実(本件もその例である。)を見るならば、銀行における用語の用いられ方が、その一般的な用法を離れた特殊なものであっても、銀行外の一般人との間でその用語が用いられる場面においては、その一般的な用法に従い解釈されるべきであって、銀行関係者のみ理解できる特殊な用法をそのまま採用することはできない。
(三) 銀行が第三者に対する債権について保証を求める行為を、保証人との間の銀行取引として扱うのが、商慣習となっているとの見解がある。
しかし、その様な商慣習があるとするならば、保証人が本人として差し入れた銀行取引約定書において、保証人となっている者(本件の場合も原告星野忠義の妻である清子は忠義が本人として差し入れた銀行取引約定書上、保証人となっている。乙二)は、明示の合意もないのに、自己とは全く関係のない第三者(第三者が保証すればさらにその先の第三者)の保証債務をも負うことになるのであって、その不合理なことは明らかである。そのような不合理な商慣習がたとえあるとしても、法的にその効力を認めることは困難であるといわざるを得ない。
(四) そして、保証契約があるという理由で、保証人の責任が追及される場合でも、その責任を全面的に追及することが過酷にすぎるのではないかと考えられる場合のあることは、我々の経験するところである。それが過酷とされる理由は、事例毎に異なり、一般化することは困難であるが、そのような事例の多くで指摘できるのは、保証人が保証債務に相応する反対給付を得ていないにかかわらず、その全面的な責任を追及されることが、人々の公平感(いわゆる交換的正義の原則)に反することであろう。このように、保証契約には、売買その他の双務契約には見られない特殊の問題がある。
他方、根抵当権の設定契約は、その内容が物的な担保を設定するものであることから、これを設定する側でも、慎重に取り扱うのが通常である。したがって、他人のために保証人となることを承諾した者であれば、当然に根抵当権の設定も承諾するという経験則があるわけではなく、むしろ、保証人となることは承諾しても、根抵当の設定までは躊躇するということの方が多い。
このように、保証契約には、これに固有の問題がある一方、保証と根抵当との間には、相当の違いがあるのが通常であるから、保証人が銀行との間に根抵当権設定契約をしているからといって、保証債務も被担保債権となるのが当然であるかのような見解は、採用することができない。
2 以上のとおり、原告星野忠義が株式会社ラビーコーポレーションの債務の連帯保証人となったことによる連帯保証債権は、原告星野忠義と被告銀行との間の銀行取引により生じる債権に該当せず、本件根抵当権の被担保債権の範囲には含まれないから、このことの確認を求める原告の請求は、理由がある。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 岩田好二 裁判官 森 英明)